南郷さんとしげる(13)の小話です。
*あの弁当箱の中身はなんだったんだろう。
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「なあアカギぃ、おまえ、昼間は学校行ってんのか?」
欠伸を噛み殺しながら雑音まじりのラジオを聴いていると、
台所でガチャガチャやっていた南郷さんが急に思いついたように話しかけてきた。
「……行ってるよ」
気が向いた時に。
とまでは口にせず、簡潔に事実だけを返す。
南郷さんは、そうか、そうだよな…とフライパンから目を離さずにつぶやいた。
実際は片手で数えられる程しか行ってない。
ついこないだ近くまで行ったから久々に寄ってみたら、上履きが消えていた。
たぶん誰かが自分のものとして履いてるんだろう。それでいい。
そのまま踵を返して以来、あそこには行ってない。
正直そんな世界もあったことなどすっかり忘れていた。
もう足を向けることもないだろう。
だから本当は「行っていた」と答えてもよかったのかもしれない。
「おまえ、ちゃんと昼飯とか食ってんのか?今の中学って給食か?」
豪快に山盛りの肉野菜炒めが乗った飯の向こうに、眉根をよせた南郷さんが座る。
こんなに食えないよ、と喉元まで出かかったのを寸でのところで飲み込んだ。
言っても、食わないと大きくなれねえ等と返ってくることはもうわかりきっている。
「ちゃんと弁当とか…パンとか持ってってんのか?
おまえがカバン持ってるとこ見たことないぞ」
「…あぁ、給食?の時も…あるのかな。でも適当に…食わない時もあるし、パン買ったり、色々」
上の空で答えながら、どこから手をつけようか、目の前の山に悪戦苦闘する。
下手につつくと雪崩をおこしそうで、少しずつ食べていくしかない。
やたらと目に付くピーマンにひそかに眉をしかめた。
「おまえ、育ち盛りのくせに食が細いよなあ…」
だからそんな痩せっぽちなんだ、という南郷さんの茶碗をのぞくと、もう底が見えている。
よくよく見てみると、明らかに俺の茶碗よりもサイズが小さい。というか普通だ。
南郷さんのに比べたら俺のはラーメン丼ぐらいある。
「ねえ…普通逆でしょ。茶碗、こっちと置き間違えたの?」
「いや?間違ってないぞ?」
「…南郷さんの茶碗、随分お上品じゃない。俺の、でかすぎるよ」
そしてピーマンが多すぎるんだ。
絶対わざとだ。
その緑を南郷さんの茶碗に移そうとすると、ちゃんと食え!と一喝された。
こういう時の南郷さんは始末におえないぐらい頑固で口煩い。
「嫌いなものでも少しずつ口に入れてみろって、最初から残そうとしちゃだめだっ」
「別に、嫌いなんじゃないよ…あまり好きじゃないだけで」
「おまえ他所じゃあまり野菜なんか食ってないだろ、せめてウチに来た時ぐらい食え」
…とりつくしまもない。
「ひとくちだけでも、な?」
口調は諭すように優しいのに、はぐらかすことを許さない響き。
しばらく箸でいたずらに緑色をつついた末、結局諦めて小さくため息をついた。
「……じゃあ…ひとくちは食べるよ。けど、残りは南郷さんも手伝ってくれよ。
いくらなんでもこんなたくさん食いきれない」
俺にしてみたらかなりの譲歩だ。
相手が南郷さんじゃなかったら、さっさと丼を置いて出て行ってる。
なるべく小さめの切れ端を口に入れたものの、やっぱり嫌な苦味が舌に広がる。
あまり噛まないようにして、白飯をかきこんでなんとか飲み込んだ。
仕上げに味噌汁。
表情に出さないように、ほっと一息ついて南郷さんを見ると
――――ものすごい笑顔だった。
その菩薩のような笑顔に腹がたつ。
「…ほら、食べたぜ」
次は南郷さんだ、といわんばかりに丼をずいと押し付けた。
「よしよし。じゃあ、少し手伝ってやるか」
「少しじゃないよ、せめて半分は頼みたいね」
機嫌よく丼を受け取る南郷さんに、低い声で釘を刺す。
むしろ3分の2ぐらい食ってくれたってかまわない。
そもそも最初からこうするつもりで、わざと山盛りよそって寄越したにちがいない。
南郷さんは躊躇なく自分のぶんを取り分けると、ちゃんと俺が食べきれそうな量を残して丼を返してきた。
「南郷さん、性格悪くなったんじゃない?」
「何言ってんだ、それをお前が言うか」
お互いからかいを含んだ応酬をしながら、箸を動かす。
ラジオから一瞬大きな歓声があがる。
お、打った打った!と南郷さんが少しボリュームを上げた。
ふと、あの学校の昼休みのにおいが鼻先をかすめた。
仲のいいもの同士群れる者、ひとりで弁当箱を抱える者、寝て空腹をやりすごす者。
いずれにしてもガヤガヤと震える空気が煩かった。
あの空気に溶け込む自分などありえず、意識だけはいつも遠くに。
突然そんなことを思い出したことが自分でも意外で、おもしろくなって、クツクツと笑いがこぼれた。
「なんだ?」
何がおかしいんだ?と南郷さんが不思議そうに聞いて来る。
「…いや…ねえ南郷さん。弁当、作ってくれない?」
「弁当??」
突然脈絡のない単語をふられて、ますます南郷さんが首をかしげる。
そうだ。それはなかなかおもしろい思いつきに思えた。
あの空気の中、ヒョロっとした神経質そうな奴がひとり隠しながら食べていた弁当。
学校の壁の中でなんとなく興味を引かれたのは、そんな程度のこと。
あの弁当箱の中身はなんだったんだろう。
隠してまで独り占めしたい御馳走だったのか。
それとも、とても見せられないようなものが入っていたのか。
「俺、弁当持ったことがないんだよ」
「別に毎日ってわけじゃない…一度だけで。それでいいんだ」
「中身は、南郷さんにまかせるからさ…」
どうしたんだ急に…と訝しがりながらも、南郷さんは「じゃあ明日な」と笑顔でうなずいた。
次の日、目を覚まして部屋を見回すと、仕事に出たのか南郷さんはいなかった。
かわりに卓袱台の上に四角い包みと紙切れが置いてあった。
「学校行けよ、か」
ひとこと書かれた紙を、札束と一緒に無造作にポケットに突っ込む。
急に楽しい気分になって、笑いが込み上げてきた。
腹を抱えて転がり、ひとしきり笑ったあとで部屋を出る。
今日は、あそこの雀荘に行こうか。
弁当持って。
中身はなんだろう。
あの緑が入っていなければいいけれど。
まだかすかに温かいそれをぶらさげて、俺は上機嫌で橋を渡った。
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このブログ内では南郷さんがしげる(13)をこども扱いするのがデフォです。さらに、一緒に何か食べてたり食べさせてたり、食べ物に関わる話が多いかもしれません。絵も描いたりします。基本的におっさんとこどもしかいないブログです。
南郷さんはおかあさん。
しげるは、なんとなく南郷さんにだけはこども扱いされたくないこども。
傾向は、思春期しげる(13)→南郷さん。
たぶん恋愛未満のプラトニックです。
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