【文】思い出したように

南郷さんとしげる（13）の小話です。

*アカギ、たまにはなんか食いにいくか

 

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「アカギ、たまにはなんか食いにいくか。
給料入ったからな、ちょっとくらい贅沢なもんでもドンとこいだぞ。
なんか食いたいもんないか？」

いつものように学校を抜けて、勝手知ったる南郷さんのアパートに上がりこみ、
折った座布団を枕にしてゴロ寝していた俺の姿に一瞬驚いた顔をしたものの
すぐに嬉しそうに破顔した南郷さんが突然そんなことを言い出した。

「おかえり。…別にいいよ、そんな散財しなくったって」

「あ、あぁ、ただいま…って、なんだ、遠慮しなくていいんだぞ？」

勢いこんだ南郷さんの出鼻を挫くような冷めた俺の言葉に、
とたんに肩を落とす反応がおもしろい。

こんなガキの一挙手一投足にどうしてこんなにいちいち反応するのか、
なんだかそれが楽しくてわざと意地悪な態度をとってしまう。

「でも、腹減ってるだろ？」

ネクタイを緩めながら、なお食い下がってくる。
…そんなに外食に行きたいんだろうか？

「南郷さん、何か食いたいものでもあるの？」

「うーん、いや、まあ腹は減ってるんだが、これといって食いたいものも…」

なんだ。
やけに熱心に誘うから、目当ての物があるのかと思えば。
給料をもらって少し気が大きくなってるのか、浮き足立ってるのか。

「クク…南郷さん、こういう時に誘えるような彼女とかいないんだ？」

「悪かったな、浮いた話のひとつもなくて」

憮然としてタバコに手を伸ばす南郷さんの反応が妙におもしろくて、思わず吹き出して笑ってしまった。

ああ、久しぶりに笑ったな。

そう思ってふと南郷さんを見ると、さっきまでの拗ねた表情は消えて、嬉しそうに笑っていた。
俺が笑うと、大抵南郷さんも笑っている。
そして俺は、そんな穏かな笑顔を向けられると急にどうしていいかわからなくなり、
目を逸らして少し怒ったような表情をしてしまう。

「なんかなあ、お前がいると思ったら急に嬉しくなっちまってなあ」

窓の外に向けていた目を戻すと、南郷さんが美味そうにタバコを吸っている。

「懐もあったかいし、たまにはお前と一緒に美味いもんでも食いたいって思ったんだ。
ひとりで食うメシも気楽だけど、どうにも味気なくてな。
お前が帰っちまった次の日なんか特になぁ…」

独り暮らしも長いってのに、と苦笑いして煙を吐き出す。
白い煙が天井に消えていくのをぼんやり眺めている俺に、
南郷さんの言葉がポトポト落ちて沁みていく。

ふうん。
俺と一緒に、ねえ。

「ククク、南郷さん、熊みてえなでかい図体して案外寂しがりやなんだな」

「おいおい熊はねえだろ、熊は」

「いいよ」

え？と、きょとんとする南郷さんを置いて立ち上がり、玄関に向かう。

「いいよ、食べに行こう。俺、あそこのラーメン食いたい」

慌てて追ってくる南郷さんは、嬉しそうな表情をしている。
振り向かなくてもわかる。

「アカギ、もっとちゃんとしたもんでもいいんだぞ、ラーメンならいつでも…」

「いや、今日は玉子を追加させてもらうから。ちょっと贅沢だろ？」

「…そうか、じゃあ、ついでにチャーシューも乗せるか！」

いつもの商店街を抜けたところに出ている、ラーメンの屋台に向かって並んで歩く。
南郷さんはご機嫌で、小さく鼻歌まで歌っている。

「なあ、アカギ」

「こういうのっていいな」

「さっき、お前がおかえりって言ってくれた時な」

「そういうの、ずいぶん久しぶりでなあ、ドキッとしたな」

返事をしない俺にかまわず、独り言のようにしゃべる。
そういえば、おかえりなんて俺も久々に口にした気がする。
それも自然と。

その事実に一瞬、俺は無表情になる。
いけない、と思う。

南郷さんはそんな俺に気付かず、相変わらず上機嫌でどんどん歩いていく。
広い背中が少しずつ離れていく。
いつの間にか俺の足は止まっていたらしい。

「どうした？アカギ」

「…いや、なんでもないよ」

南郷さんといると、早晩俺は駄目になるだろう。
それは確実に俺というモノを蝕んで、いつか殺すだろう。

その時が来る直前まで、俺は思い出したようにゆるくブレーキを踏みながら過ごすんだろう。