南郷さんとしげる(13)の小話です。
*他人からの厚意になんとなく戸惑うしげると、世話焼き南郷さん
--------------------
南郷さんは変な人だ。
あの夜、ゴツい手で髪を拭いてくれた時もそう思った。
一瞥して、追い詰められた状況にあることがわかった。
得体の知れない俺を甥だと偽ってまで時間稼ぎしたいのであろうことも。
それはこちらにとっても渡りに船だったのだけど。
そんな追い詰められた状況なら自然、焦燥感から乱暴な手付きになるものだろうに
南郷さんの手は優しかった。
他人にそんなふうにされたこと自体、たぶん初めてだな、と後からぼんやり思った。
大抵の人間は俺の白髪を遠巻きに見ては目を逸らすか、憐れみの目で見るかだ。
―――……変な人だな。
そのでかくてゴツい手は、なんとなく嫌ではなかった。
むしろ、そんなふうに感じた自分に少し驚いた。
「アカギ、お前もっとたくさん食えよ。オレがお前ぐらいの時なんか、
食い物があればいくらでも食えたもんだ。子供は食うのと寝るのが仕事なんだから」
「…食べてるよ、じゅうぶん」
食うのと寝るのが仕事なんて、それは赤ん坊じゃないか。
南郷さんは俺が来るといつも小さな卓袱台いっぱいにおかずを並べて、たくさん食えと繰り返す。
ごはんも炊きたて、丼茶碗にてんこ盛りだ。
あの時からずっとそうだ。
南郷さんにとっては理不尽ともいえる、無茶苦茶な賭けを控えた数日。
生きた心地もしないだろうに、その賭けに巻き込んだ張本人の俺に恨み言をぶつけることもなく、
食事やら風呂やら世話を焼いた。
その時、懐は厳しかったはずなのに。
「ほんと、変な人だね南郷さんて」
食後に出された茶を飲みながら呟いた言葉は、
台所で洗い物に没頭している南郷さんの背まで届かない。
大きな体を丸めるようにして狭い台所に立つ南郷さんの背中を見てるうちに、
なんだか心がフワフワと浮き足立ってくる。
と同時に鼻の奥がツンとして変な気持ちになる。
こういう感覚はなんなんだろう?
南郷さんのところに来ると、いつも感じる感覚。
夕暮れ時の、夕餉のにおいのする道を歩くと感じる感覚に似ている気がする。
それをうまく形容することができないけど、してはいけない気がする。
この感覚をはっきり自覚することは、これからの自分にとって命取りになる。
なんとなくだが、それだけはわかっていた。
「アカギ、もう少ししたら銭湯行こう」
「アカギ、泊まってくだろ?布団干したから今日はフカフカだぞ」
「アカギ」
…………… 南郷さんは変な人だ。
そして、このぬるま湯のような心地よさにどこかで警笛が響いてることに気付きながら、
この場所に少なからず執着し、切り捨てられない自分も。
―――今だけ
そう、今だけだ。
南郷さんだって今じゃまっとうな勤め人で、そのうち見合いとか勧められて結婚したりして。
俺だってそのうちに寄り付かなくなって。
自然と疎遠になる。
きっと。
だから今だけだ。
すぐ隣から聞こえる寝息に背を向けて、薄いカーテンの隙間から月を見上げる。
夜明け前の白々としたグラデーションにぽっかり浮かんだそれは、満月だった。
----------------
このブログ内では南郷さんがしげる(13)をこども扱いするのがデフォです。さらに、一緒に何か食べてたり食べさせてたり、食べ物に関わる話が多いかもしれません。絵も描いたりします。基本的におっさんとこどもしかいないブログです。
南郷さんはおかあさん。
しげるは、なんとなく南郷さんにだけはこども扱いされたくないこども。
傾向は、思春期しげる(13)→南郷さん。
たぶん恋愛未満のプラトニックです。
----------------
Powered by "Samurai Factory"